たとえば、とあるデータを次のようなステップで加工しているとする。
それぞれのマクロはボタンを押すだけで完了する。
だったら、わざわざ3つもボタンを押させる意味はあるのか。
普通はそう考える。
そしてボタンを3つ押す作業を一つのボタンに集約する。
これは本当に良いことなんだろうか?
もちろん、ケースバイケースだとは思うが、私はマクロを作るときに、最悪マクロが動かなくなっても、データの変換が人手でも行えることが重要だと考えている。
中間データをあえて見せることで、加工の過程が明らかになるのであれば、その方が良い。
ボタンを集約してしまうと内部の加工ステップがブラックボックス化し、入力データから出力データへの変換をどうやるのかという手順が想像しづらくなる。
この仕事は何ですか?→ボタンを押すことです。こうなったらおしまいだ。
人がきちんと仕事の意味を考えて仕事を遂行できるようにしておくこと。マクロはあくまで繰り返し行われる単調で面倒くさい作業の緩和や、人が行う作業のミス防止などのサポートに徹するべきだと思う。
マクロを集約したくなったら、ブラックボックス化しないか、作業者がきちんと何をしているか意識して作業できるかを考慮して慎重に行うようにしたい